2025/08/31
専門職を育てる社会の責任 ― 歯科技工士不足から見える日本の課題
前回のブログの続きのような話で申し訳ありません。本当に色々大変になってきています。
近年、朝日新聞や東京新聞でも報じられているように、歯科技工士不足が深刻化しています。被せ物や入れ歯をつくる専門職でありながら、若い成り手はほとんどいません。長時間の労働と低い報酬、そして将来への希望が見えにくいことが大きな理由です。入れ歯の保険診療崩壊が目前です。
しかし、この問題は技工士に限ったことではありません。実は歯科医師自身も同じ壁に直面しています。診療時間が埋まっているため、若い医師がじっくりとトレーニングできる余地は少なくなり、かつてのように「診療後に夜遅くまで模型やマネキンで練習する」文化も、働き方や世代の変化により難しくなっています。
さらに言えば、これは料理の世界にも共通しています。日本料理の板前やフレンチのシェフもまた、営業時間中は目の前の顧客対応に追われ、若手が技を磨くのは「営業時間外」に限られてきました。長時間労働や低い報酬の中で修業を積むスタイルは、もはや現代の若者にとっては現実的ではなくなっています。
つまり「営業時間=生産時間」と「訓練=投資時間」がぶつかる構造は、歯科も料理界、技術職全般に共通して抱える問題なのです。
一方で、ドイツなどヨーロッパでは歯科技工士が同じ国家資格として高い報酬と社会的評価を得ており、研修の仕組みも制度的に整っています。料理の分野でも、フランスの料理学校のように「学ぶこと」に正当な価値を与える文化があります。だからこそ職人の誇りが守られ、技術が次世代に受け継がれていくのです。
対して日本では、歯科医療費が過度に抑えられ、外国人にも容易に保険が使え財源が圧迫される一方、現場は「質ではなく量」を求められています。その結果、歯科も料理も「安さと効率」を優先せざるを得ず、専門職を育てる環境が失われつつあります。当院も日々の診療でこの矛盾に直面しています。質を守るために、当院では「短期的に済ませたい」「説明は要らないからとにかく治療だけを」というご要望にはお応えできないことがあります。むしろその方が来院者にとっての不幸を防ぐことになると信じています。
専門職を守ることは、国民の笑顔と健康を守ることにつながります。今こそ、この課題に社会全体で目を向け、ともに未来を築ければと思います。